酒と泪とアセトアルデヒド【3】

 「…好きや。」

 だったか、もっと軽い調子だったか、もう言い回しは忘れたが、私は酔った(勝利の)勢いもあって、いち子に告白をした。

 彼女のわがままな言動も、読めない行動も好きだったし、何より一緒にいて楽しかった。彼女も私との居心地の良さを感じていると信じていた。ただ、当時の私は、男は女に負けてはいけないみたいな考えがあった。それは、精神的に優位に立ちたいという現れだったのだろう。だから、告白はいち子を酒で負かしてからでなければならなかったのだ。バカ。

 

 いち子の答えは冷静だった。

 「へたっちょは、酔ってるからそんなこと言うんやん。」

 

 「そんなことないって!」

 何度言っても彼女にかわされるだけだった。確かに酔っているけれど、これは前から決めていたことだし、決して嘘じゃないのに。

 

 私は、フラれたのだろうか。いや、違う。

 いち子は、私の告白の仕方が気に入らなかったのだ。いつもとちょっと違う夜のへたっちょへの照れもあっただろう。私は知っていた。普段、強がってはいるが、彼女にもそういう可愛いらしいところがあるのだ。

 

 後日、バイトで彼女と一緒のシフトに入った時、私はいち子を厨房に呼んだ。

 

 「いち子、今日はちゃんと素面やから、、、」

 

 そして、2度目の告白をした。

 キミはこれを待っていたんだろう?

 

 「嬉しい。けど…」

 

 「けど?」

 

 「好きって言ってくれるのは嬉しいけど、付き合えへんわ。」

 

 「…え?」

 

 1度目の告白からの私は、心理学でいうところの「正常性バイアス」の状態だった。

正常性バイアスを知っていますか?「自分は大丈夫」と思い込む、脳の危険なメカニズム - 日本気象協会 tenki.jp

 そこから覚めた今、迫りくる現実に対応を迫られた。 

 必死になってダメな理由を聞いてみたりもしたけれど、どうなるものでもなかった。現実を認めるしかない。今は退け、退くのだ。

 私は、自分の心のノートにあった「日本三大“おことわり”」(=いいひと・友だち・今のままでいよう)に新たにもうひとつ、

・好きって言ってくれて嬉しい

を加えた。

 

 結果はフラれたけれど、この厨房でのやりとりを知らない人から見れば、離婚した後もコンビを解消しなかった「唄子・啓介」の夫婦漫才のように、しばらくの間、二人は何もなかったかのように過ごした。


唄子・啓助のおもろい夫婦 第532回

 

 恋愛に限らず、私は落ち込んでも家で一人酒はしない。代わりに音楽を聴いた。

 特に眠れない夜には、布団に入り明かりを消し、静かにHolly Cole のアルバム『Girl Talk』を聴いた。何を歌っているのか、さっぱりわかってはいなかったが、私の子守唄アルバムだった。繰り返し聴いているうちに、気がつけば時計が随分と進んでいたときのことは今も忘れない。

 

 さて、酒と泪はこれくらいにして。

 ここからがアセトアルデヒドだ。

 (続く)

 

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 参考1)

 この曲を聴いて、声を聞きたくなった人のことをあなたは愛しています。


Holly Cole Trio - Calling You

 知らんけど。

 

参考2) 

 これは再発盤。(※Calling Youは別アルバム『Blame It On My Youth』に収録)

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