はんしゃ波羅蜜多

 最近恐いなと思っているのは「反社」です。

 とは言っても、パーティーに呼ばれたらどうしようとかではなくて、その言葉の使われ方です。

 私の感覚ではこれまで、「暴力団(ヤクザ)」「犯罪集団」辺りが、今で言うところの“反社”の人たちで、「詐欺師」「チンピラ」「暴走族」「不良」「テキ屋のおっさん」がグレーゾーンかなという認識でした。

 おおまかな線引はあっても、それらを「反社(反社会的勢力)」という言葉で呼んだ覚えはありません。こういう言い方、みなさん昔からしてました?

 と言うのも、私にとっての「社会」は、いろいろな集まりを包む大きな風呂敷のようなイメージだからです。 良いも悪いも含んでこその「社会」であって、ひよこの性別鑑定のように、どちらかに分ける性質のものではありません。

 「裏社会」って言い方もありますけれど、やはり裏は表と繋がっているわけで。

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 でも近頃は、社会を半径自分メートルくらいにとらえているような。

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 自分は反社じゃないから関係ない。反社は認めない。

 気持ちは理解できますが、「反社」という言葉の響きに、何とも言えない息苦しさを感じるのは、昔から“流行り言葉は世相を映す”と言われますとおり、“ハンシャ”だけに自分返ってくるでしょう、というオチが欲しいからです。いわゆる「排除の論理」に通じるからと、私は声を中くらいにして言いたい。

 誰か(何か)を排除したい気持ちは、人に与えられた防衛本能のようなものですから、神様でも無くすことはできません。

 しかし、場当たり的に行動に移せば、必ずどこかに歪みが生じます。その歪みについて先に考えることが、結局は一番の近道になるのです、とお釈迦様が仰ったとかしゃられないとか。

 とりあえず私は、“ハンシャも私も社会の一員”、これだけは文字を大にして言いたい。


ぴよこちゃん(獅子てんや・瀬戸わんや)