ポイントレス

 私が初めて「ポイ活」という言葉を耳にしたのは1,2年前だったか。「断捨離」ブームもあって、「ポイッと捨てる活動」のことと思っていた。

 買い物をするとポイントがもらえる仕組みはこれまでもあったが、それらは“おまけ”やスタンプラリーの延長上にあったように思う。

 それがどうだろう。今ではポイントは、あって当然、、、どころかポイントをもらうために買い物をしているのではないかと思うことさえある。

 更には買い物などしなくても、スマホにアプリを入れてGPSをONにして歩いたり、ネット広告を見たりするだけで自動的にポイントが貯まるものもある。それはポイントもらっているのではなく個人情報や時間を切り売りしているのだぞ?

 コロナ禍に入ってからは、政府や自治体が発行する「クーポン」も飛び交う。使う前にいったい本当の値段はいくらなのだろうか、、、、などと一度はじっくり考えてみたほうがよいのだろうが、考えているうちに逃してしまっては私の婚期と同じだ。

 以前なら、「次の世代にツケを回すだけのバラマキなんて許せない!」と、意地で使わなかったのだが、「MOTTAINAI!使わないのはお金を捨てるのと同じ!」の決め台詞に、裸足のままで飛び出してあの列車に乗りたくもなる。

 「Go To トラベル」や「全国旅行支援」は、それでも使う気になれなかったのだが、この冬を前にマイナンバーカードを作ってマイナポイントをもらい、「dポイント」と連携させ、UNIQLOで期間限定価格になっていたフリースジャケットと暖パンを買った。残りは、docomoの支払いに充てようかなどと考えている。

 “お金を貯めて、自分の欲しいものを買う”

 そんなの、つい最近まで当たり前のことだった。買い物の喜びはそこにあった。それが今はどうだ、妥協からスタートし、降ってきたポイントやクーポンの範囲で、どれだけ“お得”に買えるかに時間を費やしている。

 もちろん手に入れればそれなりの満足感はあるのだが、一番欲しかったはずのキミはここにいない。

 経済を回すため、などと言ってはみても、結局は貧しくなった自分への言い訳に過ぎないのだろう……

 

 先日、母の買い物に付き合ってから、そんなことを考えている。

 

 母はここ数年、冬用のあったかいブーツが欲しい欲しいと言っていた。ここ何年もゴム長靴で我慢していたのだが、やはり冷えるし、滑る。去年も大雪で大変だったし、今年こそは!というわけだ。

 欲しいものを私がネットで探して注文はよくやるのだが、靴は自分で履いて確かめたいとのこと。以前、Amazonプライムの無料試着サービスを使ってスニーカーを買ったこともあるのだが、どうもしっくりこないようだ。

 そんな折に、市から地域限定のクーポン券(商品券)が届いた。

 いつもの買い物の足しにしようか、普段買わないものを買おうか、考えが分かれるところだが、せっかくなのでブーツを買ったらどうだということになり、4,000円分のクーポン券を握りしめて昔からある地元の靴屋さんに行くことにした。

 そのお店は、元々は商店街の小さなお店だったが、バブルの名残で駅前に進出してきた商業施設にテナントとして入っていた。その後、商業施設が撤退。店舗は近くのビルに移転した。それでも品揃えは豊富で、その頃までは、私も時々に買いに行っていた。

 今は、そこも明け渡して、メイン通りから離れた、古びた木造2階建てで営業を続けている。母も私もここに入るのは初めてだ。

 店に入り、うろうろしていると、かつてのように店主が親しげに近付いて来た。昔はこれが苦手だったのだが、互いに歳をとったせいか、それほどの圧は感じない。

 商売人の勘が働いたのだろう、店主がオススメを次々に紹介しだした。これをファクトチェックするのが私の役目だ。ソールの硬さや滑り止め、防水性などを確認しながら、店主と母の間に入る。

 あれはどうだ、これはどうだ、とやっていると、店主が18,000円の本革ブーツを持ち出してきた。見た目もスッキリしていて、確かに履き心地も良さそうなのだが、冬仕様ではないし、おいおいそれは違うでしょ!と思ったのだが、一度履いてみてくれとのこと。

 そりゃあ履けば欲しくなるかも知れないけれど、さすがにこのお値段では母も諦めるだろう。そもそも冬支度で来たんだよ。

 そして、実際に諦めた。

 先に目星を付けていた7,800円の防寒ブーツなら機能十分だし、母も気に入っている。これをクーポンを使ってお手頃価格で買って帰るのが私の描いたストーリーだった。

 ところが最終確認のため、18,000円から7,800円に履き替えたあたりから、様子がおかしくなってきた。

 「現品限りなんで、安くしときますよ。」

 店主は、こちらが頼みもしないのに本革ブーツの値下げを提案してきた。まあ聞くだけ聞いてみようかと「駆け引き得意じゃないんで、一発で言うてもらえませんか?」と返す。

 店主は電卓を叩き「んんん、現金で払ってもらえるなら13,000円でどう?これで限界!」

 ありがとう、これで母も諦めてくれます。だってクーポン使いたいんだもん。と思ったのだが、母はもう一度さっきの本革ブーツを履いてみたいと言い出した。

 ここからが長かった。履いたり眺めたり、逡巡が止まらない。聞けば、「最初履いたときに、探してたんのはこれやと思った。」とのこと。シンデレラか?

 「ほな、2つで18,000円でどうですか?1つタダでついてくるみたいなもんですよ。」

 「え?2つで? 1つタダ!?」

 意外な提案に、私のファクトチェック機能は失われた。

 母は運命の出会いに正気を失っており、自分の財布の中身も忘れてカボチャの馬車を待っていた。

 「うちもねー、コロナでお客さん減ってしもうて。正直現金欲しいんですわ。」

 結局、このやりとりは、私が足りない分を補って終了となる。

 店を出ると、母は「こんなに楽しい買い物したん、何年ぶりやろか。」と満足そうに言った。思わぬ親孝行ができたようだ。ネットではこの喜びはなかっただろう。

 ええ買い物したな。めでたしめでたし。

 

 で締めれば良いものを、私は家に戻ってから買った商品をネットで検索してしまったのだった。

 楽天やAmazonでは、同じ18,000円の本革ブーツが普通に50%OFF、もう一方も10~20%OFFの値段で売っていた。しかも送料込み。ポイントだって使える。安く買えたと喜んでいたが、ネットなら更に3,000円以上は安く買えたことになる。店主め~、結局うちらは、“ええお客さん”だったってことか。

 さすがこんな小さなまちで、時代にも負けず、どっこいお店を続けているだけのことはある。これからは師匠と呼ぶことにしよう。

 

 ネット検索のことは母には言っていない。

 思い出込みのビッグプライス。来年もよろしくお願いします。