1984年 松下電器産業(現パナソニック)から、食材をマイナス3℃付近で部分冷凍することにより、一般的な冷蔵やチルドよりも長く鮮度を保つことができる「パーシャルフリージング」機能を搭載した冷蔵庫が発売されました。この技術は、現在も「微凍結パーシャル」として受け継がれています。
テレビコマーシャルには、俳優の菅原文太さんが起用されました。向かってくる相手をドスで次々とぶった切っていた彼が、
>日本人は刺し身ぃ!
と叫ぶこのCM、初めて見た視聴者は一瞬パーシャルしたはずです。
>子どもは肉が好き!
と叫ぶバージョンもあったようなのですが、日本人なら刺し身じゃなかったの?
といった具合に、様々な矛盾を抱えつつも、彼がひと言「美味い!」と言えば、カラスも白くなるのです。
詳しくは調べていないのですが、菅原文太さん以降は、極め道つながりで女優の三田佳子さんが起用されていたようです。
1991年頃には堅気の武田鉄矢さんに変わっていますが、 手当たり次第にあんたを大将に任命したり、漢字で上手いこと言って人の関心を引いたりするような彼だけに、菅原さんや三田さんに比べて、賑やかさはありますが、なんとなく器用貧乏っぽい印象が拭えません。
では、なぜ彼を起用したのでしょうか。おそらく、それは彼が1991年に主演したドラマ『101回目のプロポーズ』(フジテレビ系)の大ヒットが大きいでしょう。
しかし、それならばいっそのこと(パーシャル)冷蔵庫の中から「僕は腐りましぇん!あなたに食べて欲しいから!!」とか叫びながら飛び出してきてくれれば良かったと思います。
などといろいろと言ってはおりますが、僕はdisってましぇん!
だってきみのハンガーヌンチャクがしゅきだから!
1994年頃からは、女優の鈴木保奈美さんが起用されています。
1995年頃のCM 鈴木保奈美 ナショナル冷蔵庫タント National Tanto
1991年にドラマ『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)で一躍有名になり、欲しいものはカンチもウンチもお構いなしに手に入れた彼女らしく、パーシャル機能に加えて大容量もマストな要素です。
その後、浅野ゆう子さんに交代。
なつかしいCM ナショナル冷蔵庫「タント452L」 浅野ゆう子 1996年
バブル全盛1980年代に “トレンディー女優”として、時代を謳歌する女性を演じていた彼女が、90年代後半には今風に言えば“コスパ最高”アピールをするようになるこの現象は、資料としてもたんと保存しておきたいですね。
2008年頃には吉瀬美智子さんが起用されています。この頃は日本全体が「エコ」ブームになっていて、2009年の流行語大賞には「エコポイント」「エコカー減税」の2つがノミネートされています。
2008年頃のCM 吉瀬美智子 パナソニック冷蔵庫 Panasonic
時代背景としては、2000年アメリカでITバブルが崩壊、翌年には同時多発テロ事件、2006年頃からサブプライムローン問題が顕在化し、2008年にはリーマンショックから世界金融危機が起きました。
表向きは環境対策としての「エコ」ですが、その実態は景気対策としての「エコ」。つまり、派手に明るくやるわけにはいかなかったのです。
そんな社会情勢を反映して、木村多江さんに代表されるような幸薄い系の顔立ちの彼女が起用されたのではないのではないのでしょうかではないのでしょうか。
バブル経済が崩壊した日本は、のちに「失われた10年(20年)」と呼ばれる時代に入ります。この間のCMからは、製品のアピールポイントが鮮度や容量などの質の追求から、手間や電気代などの効率重視へと移った感があります。開発技術者にとっても何かと“失われた”時代だったと言えるでしょう。
日本の家電メーカーのうち、サンヨー、東芝、シャープは、今では中国系資本の傘下です。富士通ゼネラルはもう冷蔵庫を作っていません。しかし、各社がしのぎを削って面白い機能を世に出そうとしていた時代は確かにあったのです。
では、最近のCMはどうでしょうか。
2016年頃から俳優の西島秀俊さんが、週末に家族と一緒に台所に立つ優しいお父さんを演じています。
ふだんプレミアム冷蔵庫:#093夏こそ鮮度を楽しもう。【パナソニック公式】
休日にはお父さんの捌いた鯛が刺身にして家族に振る舞われ、夫の帰りが仕事で遅いときには妻が鯛茶漬けを作るため寝ずに待っていて、夫婦二人きりのときには細マッチョの夫が手作りカルパッチョで妻をおもてなっちょして、、、、
といった具合に、30年余りの時を経てパーシャル冷蔵された鯛は、日本人なら家族も家電もフルコース!とでも言わんばかりです。
つまり、冷蔵庫そのものの機能はもちろん、冷蔵庫を介して自分が何をできるのか、そこが問われているのです。モノよりコト。
なお、妻役の奥貫薫が、エコブーム時代から続く“幸薄い系”(=憂い系美人)の系譜であることも指摘しておきましょう。
これは日本経済が未だに自信を取り戻せていないこと、そして社会全体が、一方では変化の必要性を訴えつつ、一方では復古的な目論見を捨てていないことを示唆しているのではないでしょうか。
以上、人を見た目で幸薄くするな!というお話でした。
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参考)
1988年『君の瞳をタイホする!』 脚本 橋本以蔵、関澄一輝
主題歌『You were mine』 久保田利伸
私の中の久保田利伸はこの曲の久保田利伸ですし、実際そうだと思います。
1991年『101回目のプロポーズ』 脚本 野島伸司
主題歌『SAY YES』 CHAGE and ASKA
正直にSAYしますと、私はASUKAの声が苦手です。
1991年『東京ラブストーリー』 脚本 坂元裕二
主題歌『ラブ・ストーリーは筑前煮』小田和正
じっくりコトコト行こうじゃないか。