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焼身ブレイクダウン

  6月29日 新宿駅南口近くで男性が集団的自衛権行使容認への抗議を口にして焼身自殺を図ったというニュース。命は取り留めたとの報道のあと、続報はありませんね。

新宿駅南口で男性が焼身自殺図る? 集団的自衛権の行使容認に抗議か【UPDATE】

 私はたまたまツイッターのタイムラインで発生を知りました。一般の人の目撃ツイートが広まってから、ニュースサイトが配信し、新聞がそれを追って報道。テレビは自重気味といったところだったでしょうか。

 テレビ(特にNHK)局が報道しなかったのは、WHO「自殺予防メディア関係者のための手引」の存在を理由に挙げる方もいたようですが、これまでもいじめや過重労働を苦にしての自殺、自爆テロ、中国での焼身自殺などは大々的に報じていることから、あまり説得力はありません。

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 今回の焼身自殺未遂は、政治的(7月1日集団的自衛権閣議決定を控えていた)な影響を考慮して報道を控えたという見方もありますが、いずれにしても、直接的な映像を入れないなど一定の配慮をした上で伝えるべきであったと思います。

 手引きにも「報道するな」とは書いてありません。むしろ手引は報道されることを前提として、そのあり方を示すものでしょう。

 多くの人がテレビを主な情報源にしている現状で、日本国内で白昼堂々起きたこのような衝撃的な事件を全く報道しないのは、報道機関としての役割を果たしていると言えるのでしょうか。要するに伝え方の問題だと思います。

  いつもなら人命の安全やプライバシー上の問題があるとの指摘がされていても、「不要な生中継」「容疑者・被害者の個人情報拡散」「警察発表偏重」などを平気で行っているのに、今回は借りてきた物差しで測るような対応をしているみなさん、そろそろ本気で自分たちでしっかりとしたガイドラインを決めて守ってください。

 そんなことすらできないから、誰もメディアを「第四の権力」だなんて思っていないし、「お騒がせ野郎」とか「太鼓持ち」とか言われるんですよ。

 

 …でも今回一番言いたいのは、こんなマスメディア批判ではなくて。

 

 ツイッターで最初に「焼身自殺」が流れてきた時は「どうせ”釣り”だろう?」と思いました。ですが、ツイート元を辿るうちに確信へと変わっていきました。

 その過程でショックだったのが、ネットユーザーの反応です。まず、燃えている姿を自ら撮影した写真や動画をアップしている人の多さに驚きました。

 私にも野次馬的な気持ちはありますし、あんな現場に居合わせたら何かせずにはいられないという気持ちもわかります。でも、よほどの覚悟がない限り撮影はしてはいけないとの思いが強いです。

 私は普段から「撮る」という行為は、「自分の中に取り込む」ことだと思っています。だから、死ぬ瞬間(今回は焼身自殺未遂)を自分の中に取り込むなんてことは、彼の思いを背負うことと同じ。撮るときは同時に、被写体に寄り添う努力をしなければいけない。そう思うから逆に撮影したい気持ちはあっても、できない。私には重過ぎるから。

 更にショックを受けたのが、ツイートの内容です。この自殺を”迷惑”行為として非難したり、笑いを表す記号である「w」をつける人が多くいました。身体に火をつけようとしている段階ならまだしも、実際に火だるまになった人にそういう反応をするなんて、私にはできない。正確には、しない、か。

 これは彼への同情ではなく、どんな人に対しても最低限の礼儀は守るべきと思うからです。

 

 似たようなことで、電車の”人身事故”への批判ツイートがあります。「迷惑考えろ」「他にやり方あるだろう?」っていう意見もわかります。でも、それを公然と言葉にしてしまう感覚はどうかしてます。 日本の年間自殺者は約3万人。鉄道自殺は1日1件起きていることへの”馴れ”だとしても。

 鉄道の人身事故、関東で増加、年間600件で毎日1人以上が自殺~警察は情報開示拒否(1/2) | ビジネスジャーナル

 せめてもの供養にその言葉は胸に仕舞っておいて欲しい、軽々しくツイートしないで欲しい。

 

 私が過敏なだけかも知れないけれど、突然人が死ぬっていうことが恐ろしい。だから、それを興味本位に撮ったり茶化したツイートするなんてことは、倫理的にどうとか言う前に、生理的に恐ろしくてできません。

 この感覚を他の人にもわかってもらおうとは思わないけれど、死者を辱めることは天に唾することだと思うから。

  それと、自分は死なないなんてあり得ないから。