バレンタインとハートフルブレイク

 かつて、バレンタインデーは「質より量」の時代がありました。男にとっての話です。2月15日の会話は、「誰からもらった?」ではなく、「いくつもらった?」から始まったものでした。

 自慢ではないのですが、私はクラスメイトの女子の大半からチョコレートをもらったことがあります。まあ、小学生の頃の話ですけれど。わ、私にもそれくらいモテた時期があったのです。

 実は、これには少しワケがありまして…。今でもバレンタインデーが来る度に私の心の宿便が異臭を放ちます。

 

 あれは、小学5年生くらいの頃。当時の私は、けっこうお調子者気質がありまして、バレンタインデーの何日も前から、クラスの女子に「チョコちょーだい」と冗談でお願いして回ったのです。今ならわかるのですけれど、小学生もこの頃になると、女子はピュアではないものを嫌います。それに対して、男子というのは、相手の嫌がる反応をコミュニケーションと勘違いしてしまうようなピュアバカな存在です。

 女子にとって、そういう“汚れ”にチョコをあげることは、本命への純度や信頼を下げてしまうことにもなりかねません。でも、あとでいじけられるのも面倒だしなぁ。。あ!そうか、みんなで一斉にあげたら変に思われないし、ついでにきっちりお返しも要求したら、あいつも困るだろうし懲らしめてやれる!よーし、みんなで戦闘バレンタイン開始だ!

 みたいな話になったようで、のちに私はチョコ弾に倒れることになったのであります。

 その頃は、世間的に「3倍返し」という謎ルールがありまして、ホワイトデーには、バレンタインにもらったチョコの3倍の価値があるものをお返ししなければなりません。1ヶ月で3倍ですよ、当時の子に今の金利を教えてあげたいです。1個300円として×3=15個でも13,500円。プアな私は一瞬で破産です。

 次に襲って来るは羞恥心。飾り付けされた「ホワイトデーコーナー♡」に、お返しを買いに行く恥ずかしさったら…。そもそも何を買えばいいの?クッキー?マシュマロ?肉まん?買ったところで、「あー!これ、〇〇で売ってた!△△円!」「みんな一緒のやん!つまらんやん!」みたいなこと言われるの嫌やん!

 そして、男子は知っています。団結したときの女子の強さを。あれは各個撃破で崩せるような相手ではないです。下手に逃げれば背中から一斉に撃たれ、私は短い一生を終えるのです。

 こうなったら、頼れるのは友しかいない。でもそんなことを頼める友はいない。迫り来るXデー、ホワイトデー。

 もう無理だ…。困り果てた私は、ついに母に相談というか丸投げし、お返しを買いに行ってもらいました。値段は忘れましたが、ものは忘れもしません、ペコちゃんがプリントされた赤い缶、ミルキーはママの味です。まじでママの味です。それをクラスのボス的な女子に渡し、今で言うところの“手打ち”にしてもらいました。手打ちだけに痛い思い出です。

 

 さて、クラスの女子の中に、あかりちゃん(仮名)という子がいました。私は、算数、特に文章題が苦手で、よくあかりちゃんに教えてもらっていました。


算数授業小6 分数のかけ算・わり算②(文章題) 例2

 あかりちゃんは、目がぱっちりしていて、ポニーテール。身体は小さくて、少し色黒。目立つタイプではないけれど、頭が良くて落ち着いた雰囲気の子でした。私のチョコ要求にも嫌がったりせずに応えてくれました。

 彼女には、あさみ(仮名)という女の子の友だちがいました。あさみは、クラスのみんなからあまり好かれていなかったので、私はいつも二人の仲を不思議に思っていたのですが、家が近いこともあってか、二人はよく一緒にいました。

 

 ホワイトデーも過ぎたある日、あさみは私を呼び出して言いました。「あかりにお返しした?」と。そうです、私はクラスの女子から逆襲を受けたと思っていたので、一人一人に直接お返しはしていなかったのです。

 あさみによると、どうやらあれは本命チョコらしい。そう言えば、他の子のよりも違った感じだったような…。実際どうだったんだろう。

 義理チョコは要求できても、聞きたいことは聞けない私ピュア。結局、全てそのままにした。一度に多くのものを望んだばかりに、大切なことに気付けなかった。あの日のカカオ、70%ビタースイーツ。

 

 その後、あかりちゃんとは、中学も高校も同じだったのですが、二度と同じクラスにはなりませんでした。部活も彼女は文化部、私は運動部だったので、話す機会もあまりありませんでした。

 高校卒業後、彼女は工学系の大学へ進学しました。今で言う「リケジョ」です。当時は、まだそんな言葉もないくらい珍しかったので、彼女の芯の強さを感じました。

 あとから知ったのですが、あかりちゃんは中学・高校では、男子にコアな人気があったそうです。特に大学では、周りは男ばかりなので、めちゃめちゃモテていたと人づてに聞きました。大学卒業後は、化学分析の仕事に就いて、数年後に結婚したそうです。

 どうか今も、幸せ成分100%で暮らしていますように。