一票の格差(選挙後)

 衆院選が終わって、みなさんお変わりありませんでしょうか?

 私は、選挙前はこんなこと↓を書いていたのですが、特に変わらぬ毎日を過ごしております。

meganegadoushita.hateblo.jp

 地元の小選挙区は、毎度おなじみ自民党候補が当選。比例区はかなり悩んで投票したのですが特に風吹かず。

 結局、今回も与党優位は動かず。野党は勢力図に変化ありで更にまとまらなくなって、また再編かな。

 一方で、「新しい資本主義」を掲げて誕生したはずの岸田体制も党内基盤は弱いご様子で、安倍派と茂木派が誕生し、ますます前々~前政権界隈に侵蝕されていくことでしょう。

 マスメディアは相変わらず、目立ちたがり屋たちに乗せられっぱなしで、自ら切り込んで本質を伝える気はないようです。

 というわけで、選挙では何も変わらないけれど、個人的には義務を果たしたのでヨシとします。これからも変わらずいくぞコノヤロー。

 コノヤローついでに、これだけは言っておきたいことを勢いで書きます。かなり偏っていますので、どうぞ目を閉じて読んでください。

  

 私は、長く旧社会党系の政党や候補を無条件に応援してきました。

 しかし、自分はもはや支持ではなく、意地になっているだけと気付いてからは、支持政党無しです。投票はその都度判断することにしました。自民党が良い政治をしてくれるのであれば、それでもいいと思います。してくれれば、ですけれど。

 ただし、これからも絶対に信用しない政党があります。「公明党」と「日本維新の会」です。

 まず公明党から。彼らのことを創価学会への嫌悪や政教分離に反するという理由で否定する人もいますが、私は福祉や平和の党を標榜しながら、実際は私欲の党に成り下がってしまっているところがとにかく気に入らないのです。

 彼らは、国土交通大臣(と財務厚生労働副大臣)のポストを長く得ています。

 もちろんそれだけでダメとは言えませんが、これまで与党にいながら福祉や平和の党にふさわしい政策を実施しました?東日本大震災の復興工事は利権の巣窟となり、新幹線整備の一方で地方の公共交通網は衰退、全国の老朽化したインフラはそのまま、防災対策はコンクリート頼み、選挙前になると地域振興券やら軽減税率やら現金給付やらそういうことを言い出して、現場を混乱させてきた責任は重いと思います。最近は、所属議員の不祥事発覚やら逮捕やらで清廉なイメージも失われました。

 そして、最も私を怒らせているのは、新型コロナウイルスの感染拡大期にGo Toを推進しただけならまだしも、執行できずにいた数兆円の予算を現に生活に困っている人たちのための予算に組み替えようともしなかったのに、衆院選が近付いてから子どもに10万円給付を言い出したこと。

 自分が使える予算はそのままに、要求だけするってどういうこと?するにしても、もっと早くできたよね?できる子だよね?与党の子だもんね?

 そして、選挙後には公約達成の小芝居と相変わらずのGo To推進です。福祉を“ダシ”に使うのもいい加減にしろや!人の金使って恩着せがましく言うなや!!と、日蓮大聖人がおっしゃっておりました。

 なぜそこまでGo Toにこだわるのでしょうか。人の流れを増やして経済を活性化させたいなら、政府として安全宣言をすればいい、というかすべきなのに、それはしない。

 そもそも景気対策は国土交通省の本分ではないでしょうに。もしかして、ここにもリケンのワカメスープなの?再開すると言いながら、感染が収まっている今も様子見なのは、第6波の犯人にされるのビビってるの?やるやる詐欺なの?

 このままだと年度末に慌てて予算執行する姿が目に浮かびます。いつだったか、党代表が、“私たちはブレーキ役”とか言っていましたけれど、なるほどいいコンビだと思います。車にも2つ付いていますものね。ブレーキとサイドブレーキ。

 

 次に日本維新の会です。まず、庶民感情(世間)を理解し、地元で泥臭く活動をしている点はすごい。マスメディアの使い方もよく知っている。立憲民主党の皆さんに研修をしてあげて欲しいくらいです。ちなみに、私の選挙区の立憲民主党の候補者は、選挙中もその前も一度も姿を見たことがなかったです。前回は比例で復活できたけれど、今回は果たせなかったのもそういうところだと思います。

 私が日本維新の会を支持しないのは、相手を貶めることでのし上がっていくタイプだからです。これは古今東西支配者の常套手段ですが、熱狂的な支持を生み出すには外に共通の敵をつくるのが最も効果的。彼らの場合は「公務員(役所)」がターゲット。

 選挙は数が全てです。全人口の中で公務員は少数派で、しかも“公僕”のタテマエがあり、仕事内容も“つぶし”が利かない。つまり、反抗できない存在とくれば利用しない手はない。はっきり言ってチョロい。私には、彼らがそう考えているとしか思えません。身を切るのは誰?流れた血はどうするの?

 無駄は排除、競争を促進、全てに効率化を求める手法は一見良さそうだけれど、行き着く先は単純で硬直化した世界。一概に悪いとも言えないけれど、面白くはなさそう。そして、なによりいつか自分が“効率化”の対象にされる恐怖があります。

 ところが、改革を支持する多くの人はそうは思っていません。自分が改革する側にいると思っている限りそれは続きます。

 日本維新の会が、いつ・どこまで「身を切る改革」を続けるつもりなのかは分かりませんが、新型コロナウイルス禍に大阪万博ジャンパーを着続けた吉村知事、党務と公務を混同している松井市長、アンジェスなど特定の新薬開発会社やIR(カジノを含む統合型リゾート)誘致に肩入れする姿勢を見る限りは、とりあえず肥える準備はしっかりしていそうです。相手が骨と皮だけになっても、酒を入れて飲み干すくらいのことはしてもおかしくないと思います。

 維新の会のような人たちこそ「無駄」を一番の養分にしているという大いなる矛盾に大阪の皆さんが気付けば、いずれノックは無用に切られる時が来る、と信じたいところですが、彼らと吉本興業や在阪メディアとの蜜月が続く限り、そう簡単にはいかないでしょう。大阪のテレビは、圏外の人が思っている以上に強いです。

  

 最後にもうひとつ。

 私は、『たかじんのそこまで言って委員会』(読売テレビ)が橋下徹氏を、『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日)が河村たかし氏を全国区にし、名目だけの地域政党を国政に影響を及ぼすまでにしたと思っています。政治とバラエティの距離について、もっと検証されるべきではないでしょうか。

 これまでも、お笑い芸人や落語家が国会(政治)に進出したことはありましたが、あくまで個人の活動であり、選挙によって責任をとっていました。

 しかし、番組は影響力に比べて、あまりにも責任がない。番組内で見せる芸人たちの評論家じみた言動・行動が果たして「芸」と言えるのか、本当に疑問です。

 私の基準では、ネタで風刺を入れる程度だった芸人さんが、情報番組でコメントしだしたら初期症状、情報番組の司会や保険のCMに出演しだしたら進行期、クラシカルな眼鏡にスーツ姿で日本の未来を語り出したら末期症状です。

 尖った芸で人を喜ばせていた人たちが、生き残るためとは言え、おあつらえ向きの存在になっていく様を見るのは、かつてお笑い大好き人間だった私には、けっこう辛いです。

 そして、キンコン西野の作品がEテレで放送され、ロンブー淳が政治家になったとき、世界は終わるのです。

 

 私のコノヤローは以上です。

 はい、どうぞ目を開けて。

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