ドキュメント【2】(手術室手術注意)

 割烹着みたいな手術着に着替え、間仕切りカーテンを開けると、そこにはここまで案内してくれた看護師が待っていて、

 「わぁ、よくお似合いですね。女将さんみたい!」

 みたいな、お銚子一本的な反応などあるはずもなく、決められた手順どおりに手術室の看護師へと引き継ぎが始まった。

 来院時の血圧・心拍数・体温、アレルギーの有無、薬の服用状況など必要事項の報告が済むと、応対は手術室の看護師に替わった。

 まずは、私への問診である。

 濃い緑色の術衣に白いマスク姿の彼女、髪はキャップの中にきれいにまとめられている。声から推測するに年齢は20代後半から30代前半くらいであろうか。

 看>「これは確認のためにお聞きしますが、お名前を教えてください。」

 私>「◯◯◯◯です。」

 看>「これも確認なのですが、今日手術する場所はどこですか?」

 私>「臀部、、、右臀部です。」

 

 解説しよう。臀部とはつまり、お尻の部分である。

 ここで時間を遡ること、今年の冬。1月下旬。

 私の右臀部にゴルフボールがめり込んだかのような腫れものが生じた。つい2週間くらい前までは腫れはなく、つまむと小さなしこりがある程度だった。痛みもなかったので様子を見ているうちにどんどん大きくなり、痛みも出だした。

 どうにも治る気配がないので、私は地元の総合病院の皮膚科へ行くことにした。この日の担当医は、クマみたいな顔と体に似合わない声の小さい先生だった。

 熊さん先生は私に、立ったままでいいからお尻を見せるように言い、患部を何度かつまんだ。そして、クマさんのいうことにゃ、

 熊>「今は中に膿が溜まっている状態。いずれ固まって、治まります。多少塊が残るかもしれないですが、どうしようもありませんね。」

 私>「このまま何もしないということですか?薬もなしですか?」

 熊>「そうです。手術で取ってもいいかも知れないですね。その場合は形成外科へ行ってください。」

 私>(クマった…。)

 

 この病院の形成外科は、毎週1回しか診察日がない。診察日は最短でも4日後だ。しかも、その日はたぶん診察だけで終わりだから、実際に取るとしたら最短でもまたその1週間後だ。

 

 結局、気休めに市販の薬を買って塗って、様子を見ることにした。クマさんの言う通り、しばらく腫れと痛みは続いたが、少しずつ治まっていった。2週間ほど経つと、腫れも小さなしこり程度にまでに引いて、少し気にはなるものの痛みはなくなったのだった。

 腫れの原因について、クマさん先生の小さい声では聞こえづらくてよくわからなかったので、あとからネットでもいろいろ検索してみた。

 このしこりみたいなものは「粉瘤(ふんりゅう)」と呼ばれるもので、詳しい原因は不明。お尻や首、耳たぶなどに出ることが多い。悪性化するものは稀だが、ばい菌などが入ると化膿して大きく腫れる。一旦腫れが治まってもほぼ再発する。摘出手術を受ければ再発の確率はかなり低くなるということであった。

 問題は、再発の頻度である。個人差はあるが、もし数年に1度くらいでも、マジでクマるレベル。最低でも1週間は腫れと痛みで椅子や床にまともに座れない。キャント・ヘルプ・フォーリン・イン座布、座布を敷かずにいられない。しかも、死んだフリして災いが通り過ぎるのを待つしか解決方法がないというのはあまりにも受け身過ぎやしないか。

 などとアレコレ考えることも少なくなってきた4月頃。

 あれ?ちょっとしこり、大きくなってない??

 前回の腫れからたった2ヶ月くらいで再発なんてあるのだろうか。とりあえず、様子を見てみよう、今回は早めに薬も塗っておけば少しは抑えられるかも知れない。

 

 …甘かった。

 

 今回は、前回よりも成長が早く、腫れの大きさもテニスボールくらいはあったかもしれない。見る見るうちに全盛期のセリーナ・ウイリアムズのサーブを尻で受けたくらいのインパクトにまでなってしまった。新しく買ったステロイド入りの軟膏を多く塗れど  早く眠れど 僕らの燃ゆる熱き御霊は挫けなどしない さぁいざ征かんKEISEI-GEKAへ

 

 形成外科の先生は、私をベッドにうつ伏せに寝かせ、露わになった臀部に宿った燃ゆる熱き御霊を見て言った。 

 先生>「斬りましょう。」

  私>(…陰陽師や。)

 

 ここが皮膚科医と外科医の違いのようで、こういう場合は迷わずに切ると決めているとのことだった。

  私>「今、切ってくれるんですか?」

 萬斎>「このまま帰したら怒るでしょう。隣の処置室へ行きましょう。」

  私>「(あぁ、カッコええ!)ありがとうございます!」

 

 ただ、腫れている時は、ほぼ取り残すので2回に分ける。今日はとりあえず膿を出すだけで終わりとのこと。

 萬斎先生は、うつ伏せの私の右臀部に麻酔を打ち、何やらいろいろと話しかけながら患部を切って、体内に巣食う膿をギュギュギュ~ッと搾り出した。カルマだ、カルマが出たよ。

 さすがに痛みもあったが、ありがたさのほうが大きかった。

 搾り終えると、萬斎先生は、お尻丸出しの私に女豹のポーズをとるように指示し、患部に薬を塗り、ガーゼを貼った。その際に何度か「(お尻を)もっと突き出して!」と言われてとても恥ずかしかった。

 処置はここでひとまず終了となったのだが、たまたまその途中で処置室に入って来た看護師が調教中の私の女豹姿を見て、「ちょwww」と言って小走りに去っていった。いったい私は、何を失い何を得たのだろうか。

 

 先生>「お風呂は今日から入っても大丈夫です。再来週、傷口を見せに来てください。」

 

 私はこの時、これで治療はほぼ終わったと思っていた。2回目の“切る”作業も同じくらいに思っていたのだった。

 

 (続く)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 参考)


Elvis the King - Can't Help Falling in Love Aloha from Hawaii

 座ってなんかいられない。

 


【 大沢たかおCM】キリン本搾り「沁みわたれ 水面」篇「草地」篇

 先生によると、“いかにも”なのがいっぱい出てきたそうです。

 飲んじゃダメ。