【その子編】私のハートは菩薩モーション

(前回まではこちら)

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  その日は、待ち合わせ場所で包みをもらい、少し話をして終わった。中身は、手紙とチョコレートだった。

 あとから聞いたことだが、その子は私と付き合うことになるとは思っていなかったらしい。気持ちを伝えるだけでいい、これを渡すだけで良い、その後のことは考えていなかったそうだ。そこが男女の差と言ってもよいのかはわからないが、私にはいつ何時も「COKUHAKU=付き合いたい」のサインだった。

 私は“求め”に応じた。

 付き合うことになってからも、心の中にはいつもそんな逃げがあったように思う。結局、その子とは1年足らずで別れ、、というよりも「先輩/後輩」の関係に戻った。「先輩/後輩」の壁を越えられなかったと言った方が正しいかも知れない。

 その後も近況報告をする程度の関係は続いていたが、その間隔はだんだんと長くなっていた。そんなある日、その子から久しぶりに手紙が届いた。その子も大学生になり、引っ越し先の住所が書かれていた。私の住む街からは、電車で1時間余りのところだ。

 私は連絡を取り、引っ越しの手伝いに行くことにした。約束の日、地図を片手に現地に行くと、手伝うはずが、既に引越しは終わっていた。その子は誰もいない部屋に、私を招き入れた。1人暮らしの女子大生にしては、さっぱりとした部屋だった。ラグが敷かれたフローリング、丸いテーブルの上には綺麗に盛り付けられたお菓子。子どもの頃、お金持ちの友だちの家に遊びに行ったときに、その家のお母さんがしてくれるような、あの感じだった。

 おそらくここでこれからすべきことは、出されたお菓子を食べることではない。そんな気はしていたのだが、私はひたすら、ポッキーを前歯でカリカリし、ポテチの油で指を汚しながら、会話が途切れる瞬間を恐れた。2、3時間くらいいただろうか、私はありもしないバイトを理由に逃げるように部屋を後にした。

 結果的に、その子と会ったのはそれが最後になった。

 その子はとても可愛い子だった。頭も良く、優しい子だった。振る舞いからは、恵まれた家庭で育った感じが自然に出ていた。そんなその子に私が劣等感を抱いていたのは間違いない。「先輩」という肩書きがなければ、うまくコミュニケーションできなかったのだった。

 しばらくして、また手紙が届いた。その手紙には、先日のお礼と大学で好きな人が出来たと書いてあった。そして、その人は“先輩”によく似ている、、と。私は、寂しくもあったが、妙にホッとしたのを覚えている。

 それから数ヶ月後だっただろうか、突然私のパソコンに見慣れないアドレスからメールが届いた。その子からだった。今、イギリスに留学していて、このメールは滞在先から借りて送ったものであるとのこと。

(当時の日本は、PCは普及し始めていたものの、インターネット人口はまだ少なく、その子はアドレスも持っていなかった。)

 添付されていた画像ファイルを開くと、それは台の上に乗り、長い棒を咥え、真っ赤に焼けたガラスに真剣に息を吹き込んでいるその子の姿だった。あのその子が単身留学?そしてなぜ、なぜ、この写真を選んだ?膨んだのは俺の方だぞ!

 もっと見たい!聞きたい!会いたい!その子のことをこんなにも熱く感じたのは初めてだった。私の中のその子が別人になった瞬間だった。

 メールには、また送りますなようなことが書かれていたような気もするが、その子からの次はなかった。

 歴史や恋愛に「たられば」はないけれど、偶然知り合ったような仲だったら、追うのは私の方だっただろう。

 そしてもう一つ、菩薩様と先に出会あっていなければ。

(最終回へ続く)