釈迦に説法 初夏にワンピース(前編)

 「せいりけんをおとりになるか、あいしーかーどをたっちしてください。」

繰り返す音声に被せるように

 「ご乗車ありがとうございます。このバスは、、、」

の車内アナウンス。聞き慣れない声だ。どうやら、新しい運転手さんらしい。

 バスの挙動に合わせて「止まります」「揺れます」「発車します」を入れてくる丁寧なスタイル。声の感じからして中堅さんといったところか。ブレーキワークも丁寧。どうもこれからお世話になります。

 しかし、ということは、あの運転手さんは異動になってしまったのか…?

 

 バスから電車を乗り継ぎ京都へ。世の中が一気にwithコロナに傾き、混雑を予想していたが、街は意外と空いていた。私は、いつもの病院に向かう。

 道中、修学旅行らしき集団をいくつか見かけたので、以前の京都に戻りつつあるようだ。

 病院もこのひと月で警戒レベルが下がった様子。問診票の記入義務がなくなり、出入口の制限も緩和されていた。感染の心配はあるが、ちょっとうれしくもある。

 

 さて、病院からの帰り。駅に向かうバスの中は、前回のような“おはなし親子”もおらず、静かだった。運転手のやや荒いブレーキワークにも皆沈黙していた。

 しかし、その角を曲がれば京都駅となったところで、事件は起こった。異臭だ。サージカルマスクを貫き、鼻を突く刺激臭。

 車内の空気の流れからして、一番後ろの席に座っていた私は、おそらく一番の被害者だろう。

 「誰や!屁ぇこいたんは!!」

 私は叫びたい気持ちをグッと堪えた。オナラを堪えられなかったあなたのために。

 それでも車内は静かだった。辺りを見渡すそぶりを見せる者もいない。これが京都仕草なのだろうか。

 

 新型コロナウイルス対策で、車内換気の徹底が継続されていたのは、不幸中の幸いと言えるだろう。ガスはメントールのように駆け抜けていった。

 さては貴様、それを見越して…。とも思ったが、おそらく奴も我慢はしていて

 ①目的地が近づき緩みが出た

 ②運転が荒かったのでカーブの遠心力を堪えたときに出た

のではないかと思い直すことにした。我ながらグッドアンガーマネジメントだ。

 

 謎は謎のまま。バスは終点京都駅。

 一番最後に降りた私は、大きく息を吐き、さほど美味くもない空気を深く吸い込んだ。

 さあ、帰ろう。

 私はエスカレーターに向かった。

 

 (後編に続く)