病院を出て、いつもの京都駅行きのバスに乗る。乗車率は4割といったところか。
私の斜め後ろの席から、親子(であろう)の会話が聞こえる。
声から想像すると、子どもは小学3~4年生くらいか。病院からの乗客は静かなことが多く、会話をしても最低限で済ませる人が多いのだが、この親子はずっと二人で話をしていた。
母「今日何食べたい?牛タン?牛カツ?」
子「んー。どしよかな~。どっちがいいと思う?」
私なら迷わず牛タンにするところだが、相手は子ども。まさか、牛タンと牛カツの二択が来るとは。ハンバーグかオムライスじゃなくて?
私は完全に掴まれた。
聞き耳を立てていると、どうやら病院に行くご褒美として、馴染みのお店に食べに行くことになっているようだ。
そのやりとりがとても幸せそうだった。期待の交換とでも言おうか、互いに相手の反応を楽しんでいるのが伝わってきた。
子どもの頃を思い返せば、母が「何食べたい?」と聞く日は特別な日だった。年に数回あるかどうか。いつから私は「何でもいい。」と答えてしまうようになったのだろう。
その後、二人の話題はカラオケにうつった。感染予防に敏感なこの時期にカラオケも驚いたが、なになに?同級生でSMAPの曲を知っている子はいない?嵐でさえ怪しいだと??もっと驚きでした、教えてくれてありがとうお母さん。
次はアニメの話だ。私には何の話かまったくわからなかったのだが、最近の作品であることは間違いなさそうだ。ここで面白かったのが、子どもの解釈に対して、母親が各キャラやストーリーに秘められた思いを深読みして熱く語りだしたことである。おかあさん、お気持ちはわかりますが、そこはお子さんの気持ちを尊重してですね、、、。私の中の尾木ママが言った。
バスは大学の横を通り過ぎる。
子「ここすごいかしこいんやろー?」「べんきょーしたらはいれる?」
母「無理無理無理!絶対無理!」
おかあさん、それ絶対言うたらアカンやつ!私の中の尾木がママを捨てた。
その後は、友だち界隈の他愛ない話が続いた。二人は終始仲が良さそうだった。
バスが駅に着いた。私は最後に降りて、あの親子であろう二人を探した。
そこで初めて、男の子だと思っていたのが女の子だったことに気付く。いや、
男か女かで人間を判断していた自分に気付く。
前を歩く二人は、仲良く手を繋いで雑踏の中へ消えていった。